はんぶんこ


暮れかけた空、太陽が一番あかく輝く時。
整然と並ぶ、無防備な人しか通さない錆び付いた低いポールを、砂利の上に長く長く伸びた影ごと飛び越すように駆ける。
踏みつけ跳ね上がる砂利が、はっはっとあがる息と同じく変わらないリズムで賑やかに鳴る。
空腹を叫びながら家路につく子供達とすれ違う。
思わず、僅かな間それを横目で見送って、再び戻した視線の先。

「マルコ!」

公園の隅の木陰のベンチに、目標確認。
足は止めずに投げかけた声が、届く距離ではまだなかっただろうか、組んだ脚を見下ろす顔は上がらない。
あの視線の先は、この間と同じ本だろうか。
ほどなく近くまで駆け寄ってもう一度。

「マルコ、悪ィ、待った?」

しかし、その声も届いては居ないらしい。
思わず首を捻るも、直ぐに理由は見て取れた。

「なーに聴いてんだ?」

どかりと隣に腰掛けて、同時にイヤホンの片方を引っこ抜くと、マルコはやっとおれを見た。

「…遅かったな」
「あぁ、悪ィ、長引いちまって。で、何聴いてんの」

そういえば最初の謝罪は聴こえていなかったのだったと肩を竦めて、
けれど直ぐに自分の感心ごとに立ち戻ると、マルコはいつも通り、呆れたように笑う。
それを返事と受け取って、奪ったイヤホンを自分の耳につけると、いつも通りの音が流れ込んでくる。

「それは?」
「ああ」

視線だけで問うと、マルコが読んでいた本を傾けて、おれに表紙を覗かせる。
また見覚えのない表紙だった。
へぇ、と短く洩らして手を伸ばし、本の傾きを直して覗き込むと、怪訝そうな顔。

「読ませろよ」
「途中だぞ」
「良いから」
「もう暗くなるよい」
「まだ見える」

聞かないと分かると、マルコは短く溜め息をついて、組んでいた脚をすらと戻した。
覗き易くなった本に身を乗り出して、一生懸命文字を追っかけちゃいるけれど、内容なんてどうでもいい。
この男と、同じ音を、同じ物語を、分け合ってる気分が心地いいだけ。
もう少し、日が暮れてしまうまで。




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